旭川教会
   

   
   
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住所 〒070-0814 北海道旭川市川端町4条10丁目4-25
  TEL 0l66-76-5757
 FAX 0l66-76-5257
 交通 JR函館本線旭川駅~旭川電気軌道バス㉔番線で北門9丁目下車徒歩1分
 牧師 北村一幸
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 集会案内
朝 礼 拝  毎週日曜日 午前10時30分から
祈祷会  毎週水曜日 午前10時30分から 
日曜学校 毎週日曜日 午前9時40分から
 
沿革

 伝道開始----- 1894年6月15日
 伝道教会建設- 1907年 
 教会建設----- 1910年6月25日
 現会堂献堂---- 1991年3月21日

 

18946月、滝川講義所信徒伝道者の外村義郎(22歳)が、開村4年目の旭川村に徒歩にて来たり(当時は鉄道未敷設)、25丁目福田栄吉宅の一室を借り、「日本基督教会旭川講義所」の表札を掲げて伝道を開始した。同年10月、伝道者小野坦が着任(~97年)。開拓途上の旭川村にて伝道に励んだ。

 1898年、伝道者一代目として山口庄之助が着任(~190310月)。1901年に宮下通14丁目に会堂を建設。同年ピアソン宣教師が来旭、聖書館に居住して約13年にわたり伝道を支援した。夫人アイダ・ゲップ夫人は、市内の他教派の方々と共に、廃娼運動に取り組んだ。

 1902年、坂本竜馬の甥にあたる坂本直寛が着任(~190911月)。翌年、211丁目に新会堂を建設した。伝道大いに進展し、時に80名以上の集会、30名の受洗に恵まれた。1910年、星野又吉牧師着任(~19163月)。同年、独立教会となり、名称を「旭川日本基督教会」とした。

 以後、1916年村岸清彦牧師、1923年小辻節三教師試補、1925年細川慶次牧師、1934年山下操六教師試補、1939年小島嘉兵衛牧師(~19426月)が歴任。日本基督教会時代は「旭川二条教会」と称していた。その後、戦時中4年間は無牧師の時代を経であった。

 さて、戦後の1946年、竹内厚牧師が着任(~196410月)、教会復興に努めた。19514月、日本基督教会建設と同時に日本基督教団を離脱し、(新)日本基督教会に参加、旭川教会となった。同年、これまでと同じ211丁目に新会堂を建設した。また、1962年には納骨堂を神居墓地に建設した。

 1965年、吉田信夫牧師が着任(~19708月)。旭川教会は北海道最北端の町、稚内に伝道の拠点を起こした、やがてこれを中会に捧げ、中会所属の稚内伝道所(初代伝道者は井上一央牧師)となった。

1971年、木下順治牧師が着任(~19774月)、将来を考え、市内東部の旭神町に土地を所有、その一角に前川祥明長老一家が住み、伝道の拠点として土曜学校を始めた。1978年には丹波恵牧師が着任(~19861月)。その後は1987年、北村一幸牧師が着任(~19963月)、旭川市内ドーナツ化を考え、本体である旭川教会の場所を、かつて近文伝道所があった地域、川端410丁目現在地に移動、伝道開始100年記念事業であった新会堂を19913月に献堂した。100年記念礼拝は1994618日(説教丹波恵牧師)であった。

1998年、千葉保牧師が着任(~20153月)し、17年の長きにわたり務めた。その後、4年間の無牧の時を経た20194月、北村一幸牧師を再び迎え、新たな思いをもって更に歴史を刻みつつある。

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