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住所 |
〒047-0033 北海道小樽市富岡1-2-1 |
TEL |
0134-32-7758 |
FAX |
0134-32-7768 |
交通 |
JR函館本線小樽駅から徒歩5分
(稲穂小学校前、JR線路脇) |
牧師 |
北村 一幸(住所等同上)
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集会案内 |
| 朝 礼 拝 |
毎週日曜日 午前10時30分から |
| 祈 祷 会 |
毎週水曜日 午後7時から |
| 日曜学校 |
毎週日曜日 午前9時から |
| 聖書教室 |
毎週日曜日 午前9時40分から |
| 銭函・桂岡集会 |
毎月第2火曜日 午後1時30分から
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| ロース幼稚園のご案内 |

学校法人 小樽シオン学園 ロース幼稚園
本園は、教育基本法の精神を尊重し、キリスト教信仰に基づいて、子どもたちを神からゆだねられた かけがいのない人格として受けとめ、ひとりひとりの個性を大切にして保育を行っています。 |

| 沿革 |
伝道開始-------1892年 2月11日
教会建設-------1903年3月20日
現会堂献堂-----1950年10月 1日
1892(明治25)年2月、米国長老派ミッションの援助を受け、栗原宗治伝道師が派遣され、手宮町石 山下の商店2階を借り、講義所を開設。翌年には静岡より光小太郎教師が着任。労苦を乗り越えて、
1897(明治30)年に最初の会堂を稲穂町西8丁目に建築。それまで集会場所は5回変更となっていた。 1903(明治36)年3月14日、北海道中会設立と同時に独立教会。その後小樽の町の進展(開拓伝道時は3
万1千人が、9万2千人)と共に教会も成長、1909(明治42)年には第2回の会堂を建築した。
教会の草創、長きにわたって担当した光牧師は健康不調を訴え、1916(大正5)年惜しまれつつ辞任 (在任24年)。渡辺重右衞門(在任1年)、西健二(在4年)、村岸清彦(在任8年)牧師歴任、それぞれ良い 働きをし、さらに広い場で活躍するため小樽を去った。その後、1931(昭和6)年、近藤治義牧師が上田 教会から赴任。近藤牧師の時代はまさに激動の時代であった。満州事変に始まる日中15年戦争、1941 (昭和16)年からの太平洋戦争、そして1945(昭和20)年の終戦、キリスト教ブーム、朝鮮戦争による好 景気、経済成長による繁栄。さまざまな時代の人々の精神に、近藤牧師は関わってきた。特に日本基 督教団成立と離脱による新日本基督教会設立の中で教会形成、ひいては中会の形成にも当たった。在 任44年の働きは、単にに小樽シオン教会一教会に留まらなかった。個人誌「ことば」がそのことを語っ ている。近藤牧師在任中、戸枝義明、三輪恭嗣、伊藤勝啓が伝道師であった。教会移転、そして現在 の会堂地の購入と現会堂建築なども、この時代。近藤牧師は齢に伴う不調の時期を過ごし辞任。1976 (昭和51)年には、小山教会から秦利器牧師を迎え、新しい時代への課題に取り組みつつ、教会内外の 整備が行われた。1984年に日曜学校校舎建築、1990年牧師館、1991年ロース幼稚園の園舎などを そして、1992年教会伝道開始百年の記念礼拝、翌年「21世紀に向かう教会形成を目指して・・・百年 記念史」を刊行、百年の歴史を総括、かつ未来を主に託したのだった。18年間尽くした秦利器牧師は 1994年秋、苫小牧教会ヘ赴いた。1996年、旭川教会から北村一幸牧師を迎え、希望をもって第2世紀 を歩み始めた。
なお、教会併設のロース幼稚園設立百年記念の1997年、不思議な神の計らいで、創立者ミス・ク ララ・H・ロースの出身地来同東部エルマイラの第1長老教会および、出身学校エルマイラ大学と
の関係が急速に開けた。教会の宣教にとっても明るいニュース。
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