夕張伝道所
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 住所 〒068-0413  北海道夕張市鹿の谷1丁目61
  TEL 0123-52-2433
 FAX 0123-52-2433
 交通 JR夕張線鹿の谷駅から北西へ徒歩10分
 牧師 渡 辺 輝 夫  牧師館住所:鹿の谷2丁目4−31
 集会案内
主日礼拝  毎週日曜日 午後2時から
 
沿革

 伝道開始-------
1903年
 教会建設-------1926年12月18日 [1974年3月27日解散]
 会堂建築-------1926年12月18日
 伝道所開設-----1974年3月27日

 
 礼拝堂  

 夕張炭山の坑夫組織化をはかっていた「大日本労働至誠会」の指導者の一人小山恒次郎は、聖公会伝道会社から派遣された伝道師であったが、1903年、当地に講義所を設け伝道を開始した。その後、遠藤、弓田、北野、山田、元城の各伝道師が従事した。1924年、高野万次郎の赴任により信徒間に教会と会堂建設の機運が起こり、建設委員をはじめ全信徒の総力(ホーリネス、メソジスト等他教派や鹿の谷部落・夕張鉱などの地域の協力も含む)を尽くした募金と、堀田正介の土地寄贈により、1926年、教会建設および教会堂と牧師館の新築を行った。このときの名称は日本聖公会夕張教会。1940年には、朝礼拝14名、日曜学校21名との報告を北海道長官に提出している。1941年、日本基督教団に加盟、「夕張聖公会」と称する。1944年、主管者高橋俊夫が徴用され、閉鎖状態になった。  戦後、当地で教員であった日本基督教会員山下孝吉らが中心となって留守の教会堂を借りて集会を再開、山下操六、小池創造など牧師の応援によって多くの人々が集まった。1952年10月24日、佐々木俊雄牧師の時、教団離脱と日本基督教会加入を決議し、日本基督教会夕張鹿ノ谷教会となった。1957年から石田洵、松本栄好、福井重蔵らの牧会後、1969年より牧師不在の状態になった。その後、吉沼詳夫教師が1990〜1993年の3年間専任者であったほかは近隣教会の牧師らの献身的な応援により毎主日午後礼拝を守り続けた。産炭地にある教会のため、炭鉱の盛衰に大きく影響され、年々人口も会員も減少し、2006年には市が財政破綻に陥る状態に至った。しかしなお、福音の光をともし続けるべく、翌2007年9月渡辺輝夫教師が中会の議を経て牧師として派遣され、町に残る唯一の教会として宣教の務めにあたっている。  
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